組織におけるイノベーションの推進は、現代のビジネス環境において不可欠な要素です。
しかし、「失敗を恐れずに挑戦しよう」というスローガンは、個人の評価やキャリアに直接影響する組織内では、理想論に過ぎない場合があります。今回は、組織がイノベーションを促進するために、いかにして失敗を許容する文化を構築し、その際に生じる矛盾をどのように克服すべきかについて考察します。
失敗への恐れとイノベーションの阻害
組織内でイノベーションを起こすためには、従業員が新しいアイデアを提案し、リスクを取って挑戦することが不可欠です。しかし、多くの組織では、失敗が個人の評価やキャリアに悪影響を与えるという認識が根強く存在します。このため、従業員は失敗を恐れ、現状維持に甘んじたり、安全なプロジェクトにのみ参加したりする傾向があります。
特に、組織の中間層や若手社員にとって、失敗は昇進やキャリアアップの機会を失うリスクを伴いますが、かならずしも給与や賞与といった金銭面への影響や昇給や出世のことだけではありません。身近な評価としては、自身の発言力の低下や周囲の態度の変化など、これまで培ってきた人間関係に与える影響のほうが大きいかもしれません。
日本の社会や日本企業は、周りの反応を重視し配慮する文化です。もちろん、それにはいい面もありますが、失敗に対する評価にはかなり厳しい文化ともいえます。一度レッテルが貼られると取り返すのに多大な工数や心理的な負担がかかることを、私たち日本人は知っています。
そのため、彼らは革新的なアイデアを持っていても、失敗する可能性を考慮して(そして失敗を挽回する心理的負担を考慮して)、それを提案することを躊躇してしまうのです。
引用:「多くの企業が、優良顧客のニーズに応えることに焦点を合わせすぎて、破壊的技術の脅威に気づくのが遅れるのは、組織の文化が失敗を容認しないためだ。」
書籍名:『イノベーションのジレンマ ―― 破壊的イノベーションの理論』 著者:クレイトン・M・クリステンセン URL:https://www.shoeisha.co.jp/book/detail/9784881358399
上位層のロールモデルの限界
「上位層がロールモデルとなり、正しい失敗を示せば良い」という意見もありますが、これには矛盾が含まれています。上位層は、組織内で高い地位を確立しているため、失敗が彼らのキャリアに与える影響は、中間層や若手社員よりも大きい可能性がありますし、実際、上位層が大きな失敗をすると、その責任を問われ、降格や解任といった処分を受けることもあります。
そのため、上位層もまた、失敗を恐れ、リスクを取ることを躊躇してしまうのです。
また、そもそも、成果をだした人間よりも失敗をした人材を高く評価し昇進させることは、誰が考えても難しいと思います。成果をだした人材からすると、頑張って良い結果を出し会社に貢献したのに、なぜ失敗した人間が自分より高く評価されるのかといった不満が生まれますし、会社側からしても利益を生んだ人材には貢献し続けてほしいと思うため、自己矛盾が生じるからです。
また、失敗することを推奨するためには、失敗しているのは自分だけではないことを本人が認識する必要があります。そのためには、だれもが自分の失敗を公に表明して許容してもらったり、高く評価してもらう必要があります。その一方で、成果を出したことによって出世してきた上位層は、自分自身が大きな失敗を経験していないため、自分の失敗を誇る文化が醸成されにくいという構造的な問題もあります。
失敗を許容する組織文化の構築
組織がイノベーションを促進するためには、失敗を許容する文化を構築する必要があります。そのためには、以下の要素が重要となります。
1. 失敗の定義の見直し
まず、組織は失敗の定義を見直す必要があります。失敗を単なる「間違い」や「過ち」として捉えるのではなく、「学習の機会」や「改善のヒント」として捉えるべきです。
例えば、プロジェクトが目標を達成できなかった場合でも、その過程で得られた知識や経験は、将来のプロジェクトに役立つ可能性があります。また、失敗の原因を分析することで、組織全体のプロセスやシステムを改善することができます。
2. 心理的安全性の確保
次に、組織は従業員が安心して失敗できる環境を整備する必要があります。心理的安全性が確保された環境では、従業員は失敗を恐れずに新しいアイデアを提案し、リスクを取って挑戦することができます。また、失敗した場合でも、その原因を率直に共有し、チーム全体で改善策を検討することができると言われています。
そもそも心理的安全性とは、自分の考えやアイデアが否定されることなく自由に発言できることが保証される状態です。上にあげた通り、日本の文化は、周りの目や評価に配慮する文化であるため、なかなか自分の意見を出しにくい環境だと思います。(自分がどう評価するかではなく)周りからどう評価されているかによって良し悪しを判断する組織では、特に、心理的安全性を確保することが難しいと思います。
このような環境では、失敗したことをお互いに許容しあえるための工夫がとても重要です。例えば、上位層が積極的に、恥ずかしかった失敗や、面白い失敗、ためになった失敗、やりすぎた失敗といった自身の失敗をネタにしてメンバーが談笑できるようになるまで、とことん失敗を身近にすることが重要だと思います。イノベーターなら、失敗ネタは無数にあるはずです。
日ごろから、そういった失敗ネタを自由に話せる安心感を醸成(心理的安全性を担保)することで、チームのメンバーが自分の意見やアイデアを安心して発言できる状態を目指しましょう。
引用:「心理的安全性とは、対人関係におけるリスクをとっても大丈夫だという、チームのメンバーが共有している信念を意味する。それは、支援を求めたり、ミスを認めたり、懸念を表明したり、あるいは、型破りなアイデアを提案したりといった、対人関係におけるリスクを伴う行動をとっても、誰も罰を受けたり、恥をかかされたりすることはないと信じられることである。」
書籍名:『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』 著者:エイミー・C・エドモンドソン URL:https://eijionline.com/n/n6f2339131e64
ます。
3. 失敗を評価する仕組みの導入
さらに、組織は失敗を評価する仕組みを導入する必要があります。失敗を単に減点評価するのではなく、失敗から得られた学びや改善策を評価することで、従業員のモチベーションを高めることができます。日本では、バブルの崩壊後、多くの企業が成果主義を導入した結果、短期的な成果を高く評価する制度が普及しました。プロセスよりも結果を出せばよいといった考え方では、これらの失敗を許容する文化を醸成することはできないでしょう。
今後は、結果よりもプロセスを重視する制度への転換が重要になると思います。例えば、失敗事例を共有する会議を開催したり、失敗から得られた教訓をまとめたレポートを作成したりすることで、組織全体の学習能力を高めることができます。また、失敗を積極的に共有した従業員を表彰する制度を設けることで、失敗を許容する文化を醸成することができます。
成功したか、失敗したかではなく、その結果(成功も失敗も含む)を生み出した過程で得られた知恵や知見、経験やノウハウを高く評価することで、失敗しても減点されないという制度にすることができるはずです。ここは頭の使いどころだと思います。
4. トップのコミットメント
最後に、組織のトップが、失敗を許容する文化の構築にコミットすることが重要です。トップが自ら失敗事例を共有して談笑したり、失敗から得られた教訓を語ったりすることで、従業員に安心感を与えることができます。トップが失敗を許容する姿勢を示すことで、組織全体に「失敗を恐れずに挑戦しよう」というメッセージが実体を持って伝えることができます。
引用:「失敗を許容する組織は、ミスからの回復(レジリエンス)も高速です。一方、失敗を恐れる組織は、意思決定に時間をかけすぎ、チャンスを逃してしまいます。経営層が「挑戦による失敗は評価する」と明言し続ける必要があります。さらに効果的なのは、経営層自身が「自分の過去の失敗談」や「現在進行形で迷っていること」をオープンに語ることです(弱みの開示)。」
記事名:【入門編】「失敗を許容する文化」はなぜ必要?どう醸成する? 著者:XIMIX編集部 URL:https://ximix.niandc.co.jp/column/dx-culture-that-tolerates-failure
まとめ
組織におけるイノベーションの推進は、失敗を許容する文化の構築と密接に関連しています。組織は、失敗の定義を見直し、心理的安全性を確保し、失敗を評価する仕組みを導入することで、従業員が安心して失敗できる環境を整備する必要があります。
また、組織のトップが、失敗を許容する文化の構築にコミットすることで、組織全体に「失敗を恐れずに挑戦しよう」というメッセージを伝えることができます。これらの取り組みを通じて、組織はイノベーションを促進し、競争力を高めることができるでしょう。